産経ニュースより
2010.8.2 20:44

【なぜ虐待死は防げないのか】

「児相に任せず警察も介入を」 専門家、大阪2児遺棄受け

幼い姉弟2人の遺体が見つかったマンションの前では、手を合わせる人が絶えなかった=10年8月2日、大阪市西区(竹川禎一郎撮影)

 大阪の2幼児虐待死事件では、母親が室内のドアに粘着テープを張ったり「ホストと遊ぶため外出するとき閉じ込めた」と供述するなど、通常の「ネグレクト(育児放棄)」をはるかに超える状況が明らかになってきている。こうした親とどう向き合えばいいのか。

 NPO法人「日本子どもの虐待防止民間ネットワーク」理事長の岩城正光弁護士(55)は「親は現実逃避して育児を投げ出し『子供は死んでもいい、自分は助かりたい』と通常の精神状態ではなくなっている。対処法としては強制的に子供を救い出すほかない。子供を救うことで親も救われる。それが虐待対応のメカニズムだ」と指摘する。

 岩城さんは「これまでのわが国の法制度や施策は虐待防止に無力であり、ほとんど機能していないと認めざるを得ない」とし、「危機介入は児童相談所に任せず、安全確認と保護は警察の任務にも法的に位置づけるべきだ」と訴える。

 現行法は虐待通告先を児童相談所と市区町村としているが、岩城さんは「子供を親から引き離すことと、親への援助という矛盾する役割を児童相談所にだけ担わせるのは無理がある」。今回も通報が3回あり大阪市こども相談センター(児童相談所)が5回訪問しながら、保護者や児童の氏名や年齢が分からなかったとして強制立ち入り調査(臨検・捜索)を行わなかった。

 岩城さんは法改正で通告先に警察を加えることを提言し「警察なら家主が持つ契約書を確認し実際の借り主は誰か、実際に住んでいるのは誰かと芋づる式に探していく」。

 また「国はもっと主導的な役割を果たすべきだ」とも提言。全国に205カ所ある児童相談所は都道府県の施設でレベルに差があり、さらに近年は東京都江戸川区の岡本海渡(かいと)君事件のように市区町村と児童相談所の二層構造の谷間に落ちる例もある。

 岩城さんは「例えば宮崎県などは『観光知事』で福祉に力を入れていないし、虐待の対応ではレベルが高いといわれている大阪市でも今回のようなことが起きた。国は自治体任せにせず、児童福祉司を国家資格にして研修させるなど能力を強化すべきだ」と話す。

「父親に責任はないのか」「一刻も早く立ち入りを」 大阪2児遺棄に読者の声

現場となったマンション近くの公園。逮捕された母親が子供を連れて座る姿が目撃されていた=10年7月31日、大阪市西区(山田哲司撮影)

 大阪の2幼児虐待死事件に関して、読者からたくさんの意見が届いている。

 2歳児の母という岐阜県の女性(41)は《児童相談所の職員が外から様子をうかがって帰ったというが、外からで様子が分かるはずがない。一番近くにいて様子をよく知る周りの住人が通報しているのだから、外からでなく実際に目で見て確認するところまでどうしてできないのか。不思議でなりません》。

 埼玉県の女性(32)は《納得いかないのは児童相談所が3回の通報で家庭訪問していたにもかかわらず、連絡が取れないとの理由で警察へ連絡しなかったことだ。警察がもっと踏み込めるよう法改正を求めます。強制介入には子供の名前と生年月日が必要だというが、あまりに無意味な条件は権利そのものを無意味にします》とつづった。

 オーストラリア在住の2児の母(45)は《豪では虐待通報で警察が飛んでくるし子供はすぐ親から引き離され安全な場所に隔離される。保育園でアジア人の乳児の尻に蒙古(もうこ)斑があったのを虐待と勘違いして通報した話もよく聞く。また、今回の事件では離婚した子供の父親に責任はないのだろうか。豪では親権を取らなかった親にも権利と義務がある。金銭だけでない養育の義務がある》と問いかけた。

 山形県の女性(61)は《「連絡をください」とメモを残して立ち去っても母親は連絡するわけがない状態なのです。他人に見せられない、見せた後がどうなるか怖いと思っている人が連絡するわけがない。やはり一刻も早く強制立ち入り調査をし、親も子も助けなくてはいけない。親が罪を犯す前にさまざまな援助があることを指導するためにも、強制立ち入りしてください》と訴えた。

福祉の「支援」に近づかない母親たち 大阪2児遺棄

2010.8.11 01:42

 母親が殺人容疑で再逮捕された大阪市の2児虐待死事件。市は10日、大阪府警に対し市こども相談センター(児童相談所)へ警察官の配置を要請するなど、虐待対応の立て直しを模索し始めた。事件からどんな課題が浮かんだのか。
到着は10時間後

 事件発覚2カ月前の5月18日早朝、現場マンションの近隣住民から「子供が泣いている」と通報があった。児童相談所の職員が現場を訪れたのは約10時間後の午後4時ごろ。母親の虐待を疑う通報はその前と合わせ、3カ月間で市と府警へ計4回あったが、子供たちの存在さえ把握できなかった。

 市は昨年9月、24時間通報を受け付ける態勢を取ったが、夜間や早朝に現場へ駆けつけるには職員を自宅から呼び出す必要があり、対応に遅れが出ることが多かった。

 事件を受け、市は児童相談所に児童福祉司らを24時間態勢で常駐させる方針を決めた。また、児童相談所が緊急性が高いと判断した場合、市消防局の救助隊など消防署員が現場へ急行し、安否を確認する全国初のシステムを導入すると発表した。

 市は、緊急の場合は消防署員が強制的に室内へ立ち入り、子供を救助するとし「消防法の人命救助に関する規定を広く解釈すれば可能」と説明する。

 一方、総務省消防庁は「消防法は火災や救急搬送の要請があった場合を想定している」と難色を示しており、強制立ち入りの実現は不透明だ。

「福祉」に限界
 児童相談所の職員が4、5月にマンションへ家庭訪問した際、連絡を求めて集合ポストに残した手紙は、室内の簡易キッチンで見つかった。母親は手紙を手にしながら、自ら連絡を取ろうとはしなかった。

 昭和22年の児童福祉法制定以来、福祉的アプローチを基本としてきた児童相談所だが、事件が浮き彫りにしたのは従来の福祉の「支援」にさえ近づかない母親たちの存在だった。

 「早期の連絡があれば救えたかもしれない」。警察の捜査幹部は悔しさを隠さない。警察は児童相談所との連携強化や独自の情報入手に取り組むが、今回の事件では児童相談所からの通報はなかった。

 現行の児童虐待防止法では、警察の役割はあくまで児童相談所の「援助」。厚生労働省によると、児童相談所からの援助要請による警察官の同行は平成19年度の342件から20年度は255件に減っている。

 警察庁によると、これまでに24都道府県の児童相談所・児童福祉部局へ警察官らが出向、警察は児童相談所側から職員を受け入れるなど人事交流が広がっているが、必ずしも連携が進んでいない現実も今回、明らかになった。

 警察庁幹部は「関係者一人一人が子供を必死で救おうとする姿勢が問われている」と話す。

風俗の仕事つらく気持ち分かるけど… 歌舞伎町託児所ルポ

2010.8.13 22:28

未明の歌舞伎町の託児所。仕事を終えた母親がスタッフから子供を受け取った=東京都新宿区(楠城泰介撮影)

 大阪で2人の幼児が遺棄された事件が発覚してから2週間余り。今月10日に殺人容疑で再逮捕された下村早苗容疑者(23)はミナミの風俗店で働いていた際、託児所に2人を預けずホストらと遊び歩いていたという。「夜の街」で働くシングルマザーの多くが託児所を利用し、子育てと仕事を両立しようとしている一方、なぜ託児所にさえ子供を預けない母親がいるのか。国内最大の歓楽街、東京・新宿の歌舞伎町にある託児所を訪ねた。

 派手なネオン街の外れにある雑居ビルに、深夜帯利用者の6割近くが風俗店従業員という24時間対応の認可外託児所「たいよう保育園」がある。

 午後10時半。約90平方メートルの真っ暗な部屋はカーテンで仕切られ、敷き詰められた布団の上で2〜5歳の子供15人が静かに眠っていた。時折、言葉にもならない寝言が聞こえてくる。

 午後11時を過ぎると、仕事を終えた母親らが次々と迎えに来る。スタッフが子供を起こすと、抱きかかえて帰っていく。

 午前1時過ぎ、2歳の長女を迎えにきた、風俗店で働く未婚女性(22)は仕事の化粧が少し残ったままだった。

 「仕事のノルマもあり、精神的につらいときにネグレクト(育児放棄)したくなる気持ちは分かる。だけど、やっぱり子供はかわいい。大阪の事件で母親が預けなかった気持ちは理解できない」と首をかしげた。

 女性園長(57)らによると、周辺の認可外託児所の深夜利用料は月約8〜10万円。高額なため利用をためらったり、中断してしまうケースがあるという。

 たいよう保育園では昨年6月、20代前半の母親が1歳に満たない女の子を預けたまま2日以上迎えに来ない“事件”があった。母親の携帯電話に何度かけても出ない。1度出たが、「お金がなくて迎えに行けず、すみません」と言うだけ。結局、託児所が児童相談所に通告し、女の子は職員に連れられていった。

 園長は「育児放棄する母親は、経済的な問題だけでなく、精神的に不安定な場合が多い。預けてくれれば子供の命は助かるが、預けもしない母親にはどうすればいいのか…」とため息をつく。

 託児所を利用せず、福祉の支援にも近づかない育児放棄の母親について、東海学院大の長谷川博一教授(臨床心理学)は「指導されることにおびえ、支援の手を避け、社会から逃げる母親は増えている。行政は一方的な指導でなく、母親の心情をもっと理解すべきだ」。青山学院大の庄司順一教授(臨床保育学)も「行政のアプローチにも限界がある。相談の呼びかけを強化するなど、母親が少しでもSOSを訴える気持ちになるよう取り組むしかない」と地道な取り組みを強調する。

 午前4時。駆け込んできた飲食店員の未婚女性(25)に3歳の長男が抱きついた。「親も人間だから、1人になりたいときや遊びたいときもある。ただ、託児所を利用し、自分をコントロールしなければ、子供と一緒に幸せにはなれないと思う」。眠そうな目をこするわが子をあやしながら、つぶやいた。

子供の命救え 広がる「110番」 泣き声や異常の通報が急増

2010.8.17 20:02
児童虐待防止を訴える大阪府の2種類のCM(府提供)

児童虐待防止を訴える大阪府の2種類のCM(府提供)

 虐待を見たり聞いたりした人が110番通報するケースが相次いでいる。大阪市西区のマンションで2児が死亡した遺棄事件では、近所の人が子供の泣き声や異常に気づいていながら防げなかった。警察関係者は「ためらわず通報して。幼い命を救える」と提言する。

 16日午後8時15分ごろ、神奈川県警に1本の110番通報があった。

 「子供があまりにひどい泣き方をしている。児童虐待ではないか」

 高津署員が川崎市高津区の無職女性(38)のアパートに駆け付けると、女性の子供で小学1年の双子の男児(6)が手と体、両足首をそれぞれプラスチック製バンドで縛られていた。

 そばにいた女性の交際相手の男が縛ったことを認めたため、暴行の疑いで現行犯逮捕。男は土木作業員のK容疑者(42)=静岡県三島市=で「食事中にふざけて言うことを聞かないので、しつけのつもりでやった」と話している。通報したのは近所の住民だった。

 また、15日には秋田県警大仙署が長男(3)を殴ってけがをさせたとして、傷害の疑いで無職、会沢祐美子容疑者(29)を逮捕。きっかけは「車の中で子供が殴られている」との110番通報だった。

 厚生労働省虐待防止対策室によると、相次ぐ虐待事件が大きく取り上げられて以来、「児童相談所への相談件数も増えているようだ」という。「虐待が疑われるような事例を見たり聞いたりしたときは、迷わず児童相談所全国共通ダイヤル((電)0570・064・000)に電話してほしい」と話す。

元群馬県警生活安全部長「ためらわないで」

 児童虐待防止法は虐待通告(通報)を国民の義務と規定し、通告先を児童相談所や市区町村としている。

 警察は法律上の通告先ではないが、元群馬県警生活安全部長の佐藤隆夫さん(66)は「110番へ通報しても、警察で緊急と判断すればすぐ対応するし、そうでない場合は児童相談所へ通告する。最終的には児童相談所へいくため、児童相談所の電話番号が分からないときなど、ためらわず110番してほしい。結果的に間違いであっても幼い命を救えるチャンスが増えたほうがいい」と話す。

 その上で、「同じことは年1、2件しかない児童相談所の強制立ち入り調査にもいえる。必要性、妥当性を備えていれば正当な職務執行であり、間違っていても人権侵害にならない。無断立ち入りでも、刑法の正当行為や緊急避難に該当するだろう。『人権侵害』というのは、ささいな権利侵害を言い訳にした自己保身にすぎない。担当者がためらい、与えられた職務権限を行使しなければ児童虐待をなくすことはできない」と指摘する。
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